私の妹でいてくれてありがとう

義妹のFさんが9月に入って7日の未明に息を引き取りました。

Fさんは最後まで自宅で旦那さんや一人息子の甥っ子君の愛情に包まれながら二人から介護を受け、看護師さんや先生からの痛み緩和ケアを受けながら残された時を過ごしていました。

見ていて旦那さんの介護の細やかさには敬服しましたし、甥っ子君もちょうど夏休み時期だったお陰でしっかり母であるFさんのそばについてくれていて、訪問看護をしてくださっている看護師さんたちも、旦那さんの最後まで自宅で面倒みたいという覚悟を知って協力体制もしっかり整えてくださっていたようで、看護師さんたちが帰った後でも様態がおかしいと思ったら夜中でもかまわず連絡をくださいね、といってくださっていたようです。本当に頭が下がります。

先月の末に彼女の旦那さんから、かなり様態が悪くなっているので先生から会える人には声を掛けて会っておいた方がよいという話が出たので、ということで私も主人も先月の末頃からほぼ毎日Fさんの様子を見に行っていました。彼女が息を引き取る二日前に、息子も可愛がってもらった叔母さんだから俺も行っていいかと言うので時間が許すなら是非ということで一緒に行った時、痛み止めのため眠ったり目を開けたりの繰り返しで、意識がはっきりしているのかどうかわからない中、帰る時息子が「また来ます」と声を掛けて廊下に出て手を振ったら彼女も満面の笑みを浮かべてベッドの上から手を振りながら息子や主人や私を見送ってくれました。嬉しかったなぁ。

 

今日は彼女が息を引き取ってからちょうど一週間が過ぎ、お段に飾られた彼女の遺影に会いにまた行ってきました。私が主人のところに嫁いでから約40年間、彼女と共に過ごした時のいろんなことが思い出されて仕方ありません。私がこんななのだから、旦那さんや甥っ子君や、兄である主人や姉である主人のすぐ下の妹はもっと辛いだろうと思います。

こういうことは時が解決してくれるのを待つしかありませんね。

   

 

 

 

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このイチゴミルクは、Fさんが15年前に初めて病気がわかり手術したあと、甥っ子君が「僕はイチゴミルクが好きだからお母さんが手術が終わって元気に退院してくるまでこのイチゴミルクを食べるのを我慢する。だからおばちゃん、このイチゴミルクを取って置いて」というので我が家で保管していたものです。退院してすぐに私が甥っ子君に「お母さんはもう元気になったんだからこれを食べてもいいんじゃない?」と言って渡そうとしたら「や、ぼくまだ食べないで置く」というのでそれからずっと今まで約15年間我が家の冷蔵庫の冷凍室に置いておいたものです。

この度甥っ子君からお母さんの棺に入れてもらったらよいのでは、と思い葬儀場で渡しました。最後のお別れでFさんの棺に思い出の品物やお花を棺に入れるとき、なんと甥っ子君が「おばちゃん、一緒に入れてあげよう」と言って私のそばに来てくれました。甥っ子君の優しさにも涙が溢れました。