いきなり長い間ブログのアップが滞ってしまいました

ご無沙汰してしまいすみませんでした。
1月27日に私を独協病院に車で連れて行ってくれた夫が
3月2日に永眠いたしました。

1月30日の夜中に息苦しそうに呼吸をしていて、まるでマラソンをした後の呼吸のようだったので、翌朝すぐに近所のクリニックに一緒に行きました。
コロナでもなければインフルエンザでもない、でもこれだけ血中酸素濃度が低いということは危険だから、紹介状ならすぐに書くから入院設備の整っている大きな病院に行ってくださいと言われ、紹介状を書いてもらうのを待っている間に昨年足の股関節の置換手術を受けた病院を調べたら、呼吸器内科があることがわかったのでそのまますぐに向かい、詳しい検査をしてもらいました。そしたら両方の肺が真っ白になっていて普通の肺炎とは違ってかなり重篤だから、楽観視はしない方がよいですね、と言われてしまいました。
そんな夫の肺の状態でも受け入れられる設備が整っている病院を探しますから、とかなり長い時間をかけて探し出してくれました。ちょうど時期が悪くどちらの病院も、呼吸器の状態が悪くなって入院している患者さんがたくさんいて、そもそもベッドの空きがない、というところが殆どだったそうです。7軒ほど病院を当たって下さり8軒目にやっと受け入れてくれる病院が見つかったとのことでした。
その頃には夫は酸素マスクを付けてもらいながらCT検査を受けたり話をしたりレントゲンの検査を受けたりしていました。やっと見つかった病院には私も一緒に乗り込んで救急車で搬送してもらいました。その少し前に息子夫婦に連絡をして、これこれしかじか幸手市の病院に入院することになったと話し、そちらの病院に向ってもらいました。

1週間ほどは酸素マスクで何とか凌いでくれていましたので、入院中に必要なものを連絡して来たり、電話がかかってきたりもしていました。でも1週間ほど経ったら、酸素マスクの酸素濃度を上げないと本人は苦しくて大変そうなので、肺に負担をかけないためにも人工呼吸器にしてあげた方がいいと思いますが、どうしますか? と家族としての気持ちを先生に聞かれました。夫本人も自分の状態を先生から聞くとすぐに調べたりしているので、今後のことなど考えられる方法を話したそうですが、いざとなったら人工呼吸器を付けてもらいたいといっていたそうです。夫自身がそう思っていたのならぜひ人口呼吸器にしてあげてください、とお願いしました。
そうなると人工呼吸器の管が器官の奥の方にまで入り込むので痛いし苦しいし・・・
痛み止めや安定剤などを投与することにもなるので、意識は無くなります、とのことでした。でもそれで夫がゆっくりでも少しずつでも良い方向に向ってくれるのなら仕方がない、と思うことにしました。

急性間質性肺炎ということでしたが、急に肺が真っ白になってしまう原因がわからないのだそうです。入院してすぐの頃、ウィルスでもなければ細菌でもなければバクテリアでもない、果たして何が原因なのだろう、と夫からメールが届いていました。相手がわからないから、治療の方針も立たないらしい、と。この肺炎の治療方法は今だに確立されていないのだそうです。
片道45分かかる道を、息子が仕事で時間が取れないときは嫁さんが必ず運転してくれて私を病院まで連れて行ってくれました。人工呼吸器をつけてからは、毎日通いました。
少しずつゆっくり、入院なんか長くなってもいいし、酸素ボンベを持ちながらの生活になってもかまわない、なんなら車いすになってもかまわないから良くなって退院して欲しい、とずっと思いながら毎日病院に行きました。
でも願いは叶わず3月2日に息を引き取りました。
夫が亡くなったなんて実感が湧いていないです。葬儀も終わって明日で10日になりますが夫がもういなくなったなんて感じないのが不思議なくらいです。
私があまり悲しんでいると、夫が「俺のせいで寂しい思いをさせてすまんなぁ」と謝ってきそうなので、明るく過ごそうと考えられるようになってきました。
夫が入院して今まで慌ただしく忙しく時間が過ぎる毎日でしたし、フッと気が付くと夫がいないことで気持ちも落ち着かずブログをアップする気にもなれなくて今日まで過ごしていましたが、身体に無理をさせないようにたまにブログをアップしたいと思います。

何よりも今回のことで、息子夫婦がすぐ隣にいてくれたことはとても心強くありがたいと感じました。