長岡の家のこと

おじいちゃんが亡くなって今年の命日には三回忌を迎えます。
おじいちゃんとおばあちゃんの二人の住所を埼玉に移したときから
主人の兄弟は結局みんな埼玉に住んでいるし
おじいちゃんの兄弟も関東圏にあることだし長岡の家はいずれは
何とかしないといけないと思っていました。
でも具体的に動くにも何から手をつければよいのか皆目見当がつかず
始めの頃はたまに掃除に行ったりする程度で、今社会問題になっている
空き家対策の括りの中に入っていました。ですが
あるとき長岡に行った時に主人の同級生たちが久しぶりに飲み会をやろう
と言うことになり、出席した際主人の小学校のときからの友人が
不動産の仕事についていることが分かり、今の我が家の状況を
どうしたものだろうと、フッと漏らしたら心配してくれて
任せてくれれば責任持って何とかするよ、と言ってくれたそうで
主人も「あいつは小さいときから人の面倒見がいいやつだし、
信頼できる人間だから、任せたいと思う」というので、
主人が信じている人ならおかしなことにはならないだろうと思ったので
その線で進めることになりました。そうなってから時々使えるものや
ハードオフに持っていけば幾ばくかになりそうなものをトラックで行って
持ってきたりしてました。それで先日の土曜日日曜日一泊で
本当に大きな荷物を持って帰るのはこれで最後、という覚悟で行って来ました

今年の3月になって主人の不動産の友人から欲しいという人が見つかったよ
という連絡が入り、住んでいた長岡の我が家の辺りの相場や、
そのままになっている家財道具など家の中のものを片づけてくれる業者に
お願いしてすっかり空にしなければならないことや、今時
かなりの年数が経っている家をそのままでかまわない、と言ってくれる
買い主さんに対する値引き分のことなどいろんなことをクリアして
最終的な金額も決まり、先日の一泊で主人の印鑑を多種多様の書類に押し
話が整い肩の荷がやっと一つ下りました。

実は長岡の我が家は、建物には影響は無かったのですが土地全体の1/5は
借地で毎年暮れ近くには借地代を支払っていました。
なので買い主さんを探すにも土地のもう一人の持ち主さんと気持ちを合わせて
進めなければうまくはいかない話でした。不動産屋さんの友人のアドバイス
あって、主人が我が家の現状やこれから先どう進めて行きたいのか
考えを手紙にしたためて送り、長岡の家を手放すことで話を進めていくことに
了解を得て、今回の運びとなったわけです。

友人が勤めている不動産屋の社長さんから直々に主人はこう言われたそうです
「私は不動産屋という仕事を長いことやっていますが、普通は無理難題を押し
付ける売り主さんや、とても厳しい条件をつけてくる買い主さんが往々にして
あります。そんな中今回ほど売り主さんが良く、その一部の土地の持ち主さん
も良く、買い主さんも良くてこれほどスムーズに物件の売買が成立したことは
ありません。三者はもちろんですが、仲介したわれわれもこんなに気持ちよく
話が進んだ事例は初めてです。毎回こうだといいんですけどね。」と。

その話を主人から聞いたとき、長岡の自宅が無くなる事はとても寂しいことだ
けれど、仲介してくれた不動産屋さんにそこまで言っていただけて、一点の曇
りも無く気持ちよく手放すことができる気持ちにさせてもらえてもったいない
ほどありがたいことだと思いました。
主人のことを考えてくれていた友人にも、その友人の思うように動けるように
仕向けてくださった不動産屋の社長さんにも、土地の一部の持ち主さんにも、
長岡の我が家の買い主さんにも感謝の気持ちでいっぱいになりました。

そして・・・
去年のうちに息子の嫁さんに、長岡の花火を見てもらっておいて
よかったな〜〜〜 (⌒o⌒)♪♪